聖フィルの定期演奏会が近づいてきました。今回のコラムは、ハイドンの交響曲第101番《時計》の聴きどころをご紹介します。
最大の聴きどころは、何と言ってもニックネームの元になった「し、れ、し、れ」ですよね。
ファゴットと弦楽器(ピッツィカート)が、スタッカートで規則正しく奏する伴奏型。ハイドンさん、初めから時計を真似て作ったんじゃないの?と思ってしまうくらい、時計の振り子そっくりです。
ただ、これが出てくるのは第2楽章。ちょっと先になりますから、独断と偏見!!で他の楽章の聴きどころも考えてみました。
第1楽章の聴きどころ
まず第一に、アダージョのイントロ。
第1楽章がゆっくりした序奏部で始まるのは、ザロモン交響曲のお約束(序奏部が無いのは、12曲中95番のみ)。でも、101番は他とは異なり、いったい何が始まるの?!という不穏なムードで始まります。
目的地がはっきりしない、係留音を多用した短調のハーモニー。わずか23小節ですが、聴衆をどきどきさせる、さすがハイドン!と思わせるオープニングです。
その後、何事もなかったかのように始まる主部プレストのさわやかな第1主題が、もうひとつの聴きどころ。第1ヴァイオリンが奏する軽やかな8分音符の上行型で始まります。
この旋律、実は5小節フレーズ。通常のフレーズは4小節単位ですから、そうわかって聴いてみると、なんとなく変に感じられるはず。
第1ヴァイオリンが音階を上行する最初の1小節が、字余りの部分。伴奏が入ってからはちゃんと(?!?)4小節フレーズ。2回繰り返されますが、(1+4)が2回なので、両方とも字余り。ハイドンのユーモアです。
第2楽章の聴きどころ
最初にあげた「し、れ、し、れ」(動画 8:01くらいから)と、その上を第1ヴァイオリンが優雅に奏でる主題以外に、中間部も聴きどころ。
短調のトゥッティになって、付点のリズムや細かい32分音符が多用されます。この楽章を変奏曲形式と考えると、第1変奏にあたります。この後、また「し、れ、し、れ」が戻り、変ホ長調を経て締めくくられます
この動画の演奏も、時計の振り子とアンダンテでご紹介したような、テンポの速い第2楽章ですね。
第3楽章の聴きどころ
この第101番のメヌエットは、ハイドンの作品のなかで、最も規模の大きいメヌエットのひとつだそうです。メヌエットからトリオの最後まで、全部で160小節。
家にあるスコアを見てみたら、第94番《驚愕》が89小節、第103番《太鼓連打》が80小節、第104番《ロンドン》が104小節でした。確かに《時計》の第3楽章、かなり小節数が多い(全部繰り返しますし)。
この楽章の聴きどころは、英語版ウィキペディア Symphony No, 101 (Haydn) に書かれている、トリオにおける「下手くそな村の楽団を思い起こさせる、ハイドン風ユーモア」[注1]。
おそらく、音のぶつかりのことでしょう。フルート・ソロが86-87小節で「み、み、み、みーれ#どしら」と奏しているにもかかわらず、伴奏は「れ、#ふぁ、ら」の和音のまま。
ずっと「れ、#ふぁ、ら」の和音が続いているせいかそれほど気にならないものの、ハイドンさん、わざと音をぶつけています。2回めの102−103小節では正しい和音に直されていますね。
第4楽章の聴きどころ
フィナーレはニ長調ヴィヴァーチェで爽やかに進みます。
聴きどころは中間部。突然トゥッティの短調になったり、主調から遠いヘ長調(#ふたつから♭ひとつへ)に転調したり、第1主題と新しい主題による二重対位法の部分が始まったり。聴衆が楽しめるように、異質なものを次々に登場させているのです。第1楽章の展開部とよく似た書法です。
このフィナーレ、ところどころ弾きにくい音型が出てきて結構難しく、個人的には油断できない楽章です。
18世紀末における「交響曲」
思い出して欲しいのは、この曲が書かれた18世紀末は現在と違って、交響曲がコンサートの最初に演奏されていた時代であったこと。
ザロモンがハイドンを迎えてロンドンで開催したコンサート( ハイドンと交響曲《時計》①、②、③、④、⑤、⑥参照)は、開幕ベル代わりだった交響曲が、音楽会を行く目的になる(つまり、現在の私たちのように交響曲を聴くために音楽会に行くようになる)「昇格」を果たした機会のひとつと言えます[注2]。
独奏者がいないため、当時の人にとってつまらないジャンルとみなされていた「交響曲」を、耳の肥えたロンドンの聴衆たちを楽しんでもらおうと、ハイドンさん、一生懸命サービスしていますね。
注
- "a bungling village band, with more Haydnesque humor" このページで参照されている複数の英語の楽曲解説にも書かれています。
- 長岡英「独り立ちする交響曲」『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』アルテスパブリッシング、28〜31ページ参照。
- Portrait of Haydn by Thomas Hardy (1791). https://youtu.be/fAfs5Ic0Uwc Scottish Chamber Orchestra, Robin Ticciati.
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