ハイドンに《時計》を含む12曲のザロモン交響曲(ロンドン交響曲とも)を作らせた、ヨハン・ペーター・ザロモン(① ザロモンってどんな人参照)。目先の利く興行師ザロモンは、なぜハイドンと契約できたのでしょうか。
自由になったハイドン
1790年9月28日、ハイドンが楽長として仕えていたニコラウス・エステルハージ侯が、72歳で死去しました。
次の君主、アントン侯は父と違って音楽に対する趣味がなく、エステルハージ家の全楽団を解散。ニコラウス侯が遺贈してくれた1000グルデンの年金に400グルデンを加えて、ハイドンをエステルハージ家の名誉楽長に[注1]。ハイドンはこうして、1761年以来のエステルハージ家との契約から、事実上解放されたのでした。
ザロモン以外からのオファー
年金を受けながら、モーツァルトも住むウィーンで悠々自適の老後が待っていた(はずの)ハイドン。でも、国際的な売れっ子作曲家を、周囲が放っておくはずがありません。
声をかけたのは、ザロモンだけではありませんでした。故ニコラウス・エステルハージ侯爵の娘婿で音楽愛好家のアントン・グラッサルコヴィッツ伯から、楽長に迎えたいと望まれます。でも、30年にも渡る宮仕えの後ですから、ハイドンはこの宮廷楽長職を断わりました。
さらに、ナポリ王フェルディナンド4世からも、楽長にと望まれていました。ナポリはイタリアにおけるオペラの中心地のひとつ。魅力的な職であったはずです。ハイドンはなぜ、ザロモンの誘いに応じたのでしょうか。
交響曲の国イギリス
まず、ハイドンの作曲の関心がオペラから交響曲に移っていたことが考えられます[注2]。オペラの国イタリアよりも、交響曲の国イギリスのほうが、より強く彼を惹きつけたのでしょう。
ハイドンのイギリス招待は、1780年代から何度か企画されています。
1782年には、ハイドンは自分でイギリスで演奏するために、3曲の交響曲(第76〜78番)を作曲。残念ながらこのイギリス訪問は実現しませんでしたが、ハイドンは当時から、イギリスで交響曲を演奏するイメージを持っていたことになります。
ウィーンまで出向いたザロモン
1790年、オペラ歌手と契約するためにイタリアを旅行したザロモンは、ケルンまで戻ってきたときにニコラウス侯の死を知りました。ザロモンは大急ぎでウィーンに戻り、ハイドンを訪ねてこれからロンドンに行くことを伝えます。
彼らは既に知り合いでした。1790年4月に書いた手紙の中で、ハイドンはザロモンから借りた40ドゥカートについて言及しているからです[注3]。
ザロモンの契約内容
加えて、ザロモンがハイドンに提示した条件は、かなり有利なものでした。1791年のシーズンを対象としたザロモンの契約は:
- ロンドンの興行師ジョン・ガリーニ卿がキングス劇場で上演する予定の新作オペラ1曲に300ポンド
- 6曲の新しい交響曲の作曲に300ポンド
- この6曲の出版権に200ポンド
- 20曲の新曲(交響曲より小さい曲)に200ポンド
- 慈善演奏会の出演料に200ポンド
合計1200ポンドが保証されています。新作の作曲や出版だけでなく、「出演料」つまりハイドンもロンドンへ行って、コンサートに出演するというところが重要ですね。
ロンドンへ
ハイドンとザロモンは1790年12月15日にウィーンを出発。ミュンヘン、ヴァラーシュタイン、ボンを経て12月31日にカレー着。
ヴァラーシュタインでは、交響曲第92番を指揮。ザロモンの故郷ボンでは、マリア・テレジアの末子マキシミリアン・フランツ選帝侯の宮廷で歓迎され、ハイドンのミサ曲が教会で演奏されたそうです。
嵐のドーヴァー海峡を渡って、1791年の1月2日にロンドンに着きました。ハイドンの到着は、ロンドンに大きな興奮をもたらします(続く)。
注
- 大宮真琴『ハイドン新版』音楽之友社、1981年、121ページ。 以下も pp.121-123 によります。
- 同上。
- Unverricht, Hubert. "Salomon, Johann Peter," in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 22: 172-173.
- Portrait of Haydn by Thomas Hardy (1791). https://youtu.be/PC55ByuyvV4 J. Haydn: Symphony no. 76 in E flat major, The Academy of Ancient Music, conducted by Christopher Hogwood. 「ハイドンとザロモン交響曲」から改題しました。
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