091 ヴェーベルン編曲《6声のリチェルカーレ》の聴きどころ

2025/03/04

《音楽の捧げもの》 ヴェーベルン バッハ マーラー

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アントン・ヴェーベルン(18831945)がオーケストラ用に編曲した、バッハ作曲《音楽の捧げもの》から《6声のリチェルカーレ》。この曲の聴きどころを考えてみました。

ヴェーベルンは、085 ヴェーベルンとバッハで既に述べたように「十二音技法」の生みの親アーノルト・シェーンベルク18741951)の弟子。アルバン・ベルク(18851935)とともに、新ウィーン学派1人です。

十二音技法では、1オクターヴ内の12の音(ピアノの白鍵7つと黒鍵5つ)をそれぞれ1回ずつ並べた音列を作り、必ずその順番で音を使わなければなりません。主音トニックが1番偉く、属音ドミナント(主音の5度上)が次、というようなヒエラルキーが存在せず、12の音は皆平等。無調音楽の画期的な作曲法です[注1]

しかし、《6声のリチェルカーレ》では、幸いにも(!?!)十二音技法は使われていません。それでは、ヴェーベルンの編曲はバッハのオリジナルとどこが違うのでしょう?

相違点1:楽器編成

原曲は鍵盤楽器の独奏曲(右手と左手だけで6声を演奏するなんて、想像を絶する難しさ!!)

一方ヴェーベルンの編成は、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、ハープ各1と、弦5部。弦楽器は全パートにソロが含まれ、大きな役割を果たします。

小規模オーケストラ(室内楽のような)は、マーラーの交響曲に代表される世紀末の巨大編成の揺り戻しとして、20世紀初頭に多く使われました。

相違点2:細分された音楽

でも、6声なら6つの楽器で十分では? なぜこんなにいろいろな楽器が必要なの? 

それは、ヴェーベルが音楽を小さく分割して、それぞれを別の楽器に割り当てているからです。

たとえば、曲の1番最初に単独で奏される大王のテーマ。おそらく、フリードリッヒ大王自身(086  《音楽の捧げもの》を巡って①:フリードリヒ大王参照)ではなく彼に仕えていたバッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが作ったと考えられる、難しく即興しにくいテーマ(087  大王の主題を作ったのは誰?参照)です

全部で20音から成りますが、それぞれ弱音器を付けたトロンボーン、ホルン、トランペット、それからまたホルン、トロンボーン、ホルン、最後にトランペットとハープが、数音ずつ受け継ぎながら演奏します。各楽器が演奏するのは、音楽上の最小の単位である「動機、モティーフ」。

譜例1:バッハ(ヴェーベルン編曲)《6声のリチェルカーレ》冒頭

このなかで、11番目の音(譜例1のは2つの意味を持っています。ひとつは前のミ♭から続くミ♭-レというモティーフ。ホルンが演奏します。もうひとつはレ-レ♭-ド-シという4音の半音階モティーフの最初の音。トランペットが演奏します[注2]。

このあと弦楽器も加わり、さまざまな楽器が短いモティーフをやりとりしながら音楽が進みます。このようなヴェーベルンの音楽を、「点描的」と呼ぶこともあります。

ただ、美術における点描主義(ポワンティリスム)の考え方とは異なります。点描とは、線ではなく点で絵画を描くこと。絵の具を混ぜ合わせないで、それぞれの色を小さな点でキャンバスに置いて遠くから見ると、色を濁らせることなく色が混じり合って見えます[注3]。

ジョルジョ・スーラ(18591891)の「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」が代表作。ヴェーベルンの音楽は、このような考え方とは関係ありません[注4]。


図1:スーラ「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」

でも、様々な楽器が小さな点を置くように、少しずつ音楽を紡いでいきます。演奏していても聴いていても、オリジナルのリチェルカーレと完全に同じ音楽なのに、全く違って聴こえるのが不思議。

音楽のモティーフ分解と、それを担う楽器の音色の組み合わせの妙。ほとんどが静かに奏される、全205小節(バッハは最後が2小節タイで、全206小節)10分足らずの音楽。

バッハなのに完全にヴェーベルン。バロックなのに完全に現代音楽。何も付け加えていないのに全く異なって響くヴェーベルンのマジックをお楽しみください。

  1. 音列の順番を変えることはできませんが、音域・リズムの選択や音の反復、複数の音を重ねて使うこともできるなど、作曲家にかなりの自由が残されています。
  2. 第5小節のハープのミ♭や、第8小節でトランペットとハープが一緒に奏するのは、モティーフとは関係なくアタックや音色の変化のためと思われます。 
  3. 美術史家ゴンブリッジは「この手法は、色彩が強さと輝きを失うことなしに、視覚の力で(というより心の中で)色と色とを混ぜる結果を生むといったものであった」と記しています。E. H. ゴンブリッチ、『美術の歩み 下 改訂新版』、友部直訳、東京:美術出版社、1983226ページ。
  4. ヴェーベルンは「点描」は、(難しいのでここでは触れるだけにしますが)ドイツ語で「クラングファルベンメロディ(Klangfarbenmelodie)」と呼ばれる考え方の現れです。

  • Anton Webern in Stettin, October 1912.  譜例は Robert Erickson: Sound Structure in Music (University of California Press,1975), p.14 に基づく。George Seurat: A Sunday Afternoon on the Island of La Grande Jatte,  Art Institute of Chicago. 

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聖光学院管弦楽団第31回定期演奏会

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