アントン・ヴェーベルン(1883〜1945)がオーケストラ用に編曲した、バッハ作曲《音楽の捧げもの》から《6声のリチェルカーレ》。この曲の聴きどころを考えてみました。
ヴェーベルンは、085 ヴェーベルンとバッハで既に述べたように「十二音技法」の生みの親アーノルト・シェーンベルク(1874〜1951)の弟子。アルバン・ベルク(1885〜1935)とともに、新ウィーン学派の1人です。
十二音技法では、1オクターヴ内の12の音(ピアノの白鍵7つと黒鍵5つ)をそれぞれ1回ずつ並べた音列を作り、必ずその順番で音を使わなければなりません。主音トニックが1番偉く、属音ドミナント(主音の5度上)が次、というようなヒエラルキーが存在せず、12の音は皆平等。無調音楽の画期的な作曲法です[注1]。
相違点1:楽器編成
原曲は鍵盤楽器の独奏曲(右手と左手だけで6声を演奏するなんて、想像を絶する難しさ!!)
一方ヴェーベルンの編成は、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、ハープ各1と、弦5部。弦楽器は全パートにソロが含まれ、大きな役割を果たします。
小規模オーケストラ(室内楽のような)は、マーラーの交響曲に代表される世紀末の巨大編成の揺り戻しとして、20世紀初頭に多く使われました。
相違点2:細分された音楽
でも、6声なら6つの楽器で十分では? なぜこんなにいろいろな楽器が必要なの?
それは、ヴェーベルが音楽を小さく分割して、それぞれを別の楽器に割り当てているからです。
たとえば、曲の1番最初に単独で奏される大王のテーマ。おそらく、フリードリッヒ大王自身(086 《音楽の捧げもの》を巡って①:フリードリヒ大王参照)ではなく彼に仕えていたバッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが作ったと考えられる、難しく即興しにくいテーマ(087 大王の主題を作ったのは誰?参照)です。
全部で20音から成りますが、それぞれ弱音器を付けたトロンボーン、ホルン、トランペット、それからまたホルン、トロンボーン、ホルン、最後にトランペットとハープが、数音ずつ受け継ぎながら演奏します。各楽器が演奏するのは、音楽上の最小の単位である「動機、モティーフ」。
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このなかで、11番目の音(譜例1の◯)は2つの意味を持っています。ひとつは前のミ♭から続くミ♭-レというモティーフ。ホルンが演奏します。もうひとつはレ-レ♭-ド-シという4音の半音階モティーフの最初の音。トランペットが演奏します[注2]。
このあと弦楽器も加わり、さまざまな楽器が短いモティーフをやりとりしながら音楽が進みます。このようなヴェーベルンの音楽を、「点描的」と呼ぶこともあります。
ただ、美術における点描主義(ポワンティリスム)の考え方とは異なります。点描とは、線ではなく点で絵画を描くこと。絵の具を混ぜ合わせないで、それぞれの色を小さな点でキャンバスに置いて遠くから見ると、色を濁らせることなく色が混じり合って見えます[注3]。
ジョルジョ・スーラ(1859〜1891)の「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」が代表作。ヴェーベルンの音楽は、このような考え方とは関係ありません[注4]。
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図1:スーラ「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」 |
でも、様々な楽器が小さな点を置くように、少しずつ音楽を紡いでいきます。演奏していても聴いていても、オリジナルのリチェルカーレと完全に同じ音楽なのに、全く違って聴こえるのが不思議。
音楽のモティーフ分解と、それを担う楽器の音色の組み合わせの妙。ほとんどが静かに奏される、全205小節(バッハは最後が2小節タイで、全206小節)10分足らずの音楽。
バッハなのに完全にヴェーベルン。バロックなのに完全に現代音楽。何も付け加えていないのに全く異なって響くヴェーベルンのマジックをお楽しみください。
注
- 音列の順番を変えることはできませんが、音域・リズムの選択や音の反復、複数の音を重ねて使うこともできるなど、作曲家にかなりの自由が残されています。
- 第5小節のハープのミ♭や、第8小節でトランペットとハープが一緒に奏するのは、モティーフとは関係なくアタックや音色の変化のためと思われます。
- 美術史家ゴンブリッジは「この手法は、色彩が強さと輝きを失うことなしに、視覚の力で(というより心の中で)色と色とを混ぜる結果を生むといったものであった」と記しています。E. H. ゴンブリッチ、『美術の歩み 下 改訂新版』、友部直訳、東京:美術出版社、1983、226ページ。
- ヴェーベルンは「点描」は、(難しいのでここでは触れるだけにしますが)ドイツ語で「クラングファルベンメロディ(Klangfarbenmelodie)」と呼ばれる考え方の現れです。
- Anton Webern in Stettin, October 1912. 譜例は Robert Erickson: Sound Structure in Music (University of California Press,1975), p.14 に基づく。George Seurat: A Sunday Afternoon on the Island of La Grande Jatte, Art Institute of Chicago.
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