087 《音楽の捧げもの》を巡って②:大王の主題を作ったのは誰?

2024/12/24

《音楽の捧げもの》 バッハ 対位法

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譜例1は、《音楽の捧げもの》BWV 1079 の大王の主題です。
譜例1:大王のテーマ

前回書いたように、フリードリヒ2世はヨハン・ゼバスティアン・バッハに、この主題に基づく3声と6声のフーガを即興で演奏するよう求めました。バッハは3声のフーガを見事に即興演奏しましたが、6声はその場では作ることができず、別の主題に切り替えて即興しました。

どうして大王のテーマでは即興できなかったのでしょうか。それは、この主題がとても難しく作られているからです。

《フーガの技法》の主題

同じバッハの対位法作品である《フーガの技法》BWV 1080 の主題と比べてみましょう(譜例2)。こちらはバッハ自身が作りました。大王の主題が9小節であったのに対し、4小節と短いですね。

譜例2:《フーガの技法》のテーマ(基本主題と反行形)

初めの2小節が主和音の分散和音で、残りは順次進行、つまり隣の音に進んでいます。途中にシャープが付いた音が一つありますが、これはこの調(ニ短調)の導音を作るためです。

この旋律はニ短調の音しか使っていませんし、音の動きが単純。対位法処理のための反行形(楽譜の下に鏡を置いてうつした形)も作りやすいのです。

大王の主題の問題点

《フーガの技法》の主題に比べると、大王の主題は長い以外にも難しいポイントを含んでいます。

最初の3音は、主和音の分散和音。これは真っ当なのですが、4つ目のラ♭が問題です。3度ずつ普通に上がって和音が完成した後の、半音の動き。ドミソの響きとぶつかります。

まずこのラ♭で困惑させられるのですが、実は1番大きな問題はその次。ラ♭からシ♮へ、大きく下がるのです。思いがけない動きです。

このラ♭と下のシ♮の音程を、7と言います。旋律としてはほとんど使いません。跳躍が大き過ぎますし、さらに減音程で音を取りにくい(歌いにくい)からです。

初めの3小節だけで十分驚かされる、大王の主題。問題はさらに続きます。四分休符で一息ついた後、アウフタクトで(減7度音程など無かったように)またソに戻り、そこから下降。これが、半音階なのです。臨時記号がたくさん使われています。

途中から全音階に変わってソまで下がり続け、そこから4度跳躍を上方向に2回。上のファから順次進行でドに戻ります。

誰が考えたのか?

複雑な動きや音程が含まれ、臨時記号を必要とする半音階が多用された、エキサイティングながらめいっぱい対位法処理しにくい主題。

フルートに親しみ、自ら作曲もしたとは言うものの、プロの音楽家ではないフリードリヒ大王が思いつくような旋律ではありません。

以前から私は、大王が対位法の大家であるヨハン・ゼバスティアン・バッハを困らせるため、自分の宮廷音楽家(たち)に命じて即興しにくいような主題をわざと作らせたのではないかと(勝手に)考えていました。音楽好きの王様なら、「自分はあの老バッハも即興できないような特別な主題を示した」と自慢したくなると思いませんか。

今回この曲を調べていて、信頼できる資料の中に以下のような記述を見つけました。

この「大王の主題」そのものは、その音楽性の高さと、フーガ主題として取り扱うことの困難さから見て、フリードリヒ大王が自分の臣下である次男カール・フィーリプ(ママ)・エマヌエル1714-88)に命じて作成させた可能性が指摘されている[注1]。

やっぱり! クヴァンツら、お気に入りの音楽家たちよりも桁違いに安い年俸しか与えていなかったエマヌエルに、こんなことを命じるなんて。王様って何でもできるんでしょうね。ただ、この引用には、以下も書かれています。

この種の仮説の常として決定的証拠の発見はまず望めず、いつまでもひとつの興味深い仮説に留まることだろう[注1]。 

シェーンベルクの推測

この可能性を主張している人を見つけました。ヴェーベルンの師、アーノルド・シェーンベルクです。

1950年頃書いたバッハに関するエッセイの中で、大王の主題はヨハン・ゼバスティアン・バッハをまごつかせるために用意周到に用意された罠として、バッハの息子カール・フィリップ・エマヌエルが国王の命令で作ったものだと書いています。

私はいつもバッハという教師を高く評価している。彼は間違いなく、音の関係の隠された謎に対する深い洞察力を持っていた。……彼の息子たち、特にエマヌエルが、対位法に関して非常に優れた知識を持っていたことを思い出すだけでいい。……(エマヌエルは父が)フーガのさまざまな主題を分散和音の上に構築することができた秘密を知っていたに違いない。
……彼(エマヌエル)はこの種のどのような扱いにも適さない主題を生み出すために、何をすべきで、何をすべきでないかを知っていた。このような理由から、私は彼エマヌエルが、王の主題の創案者であると信じている[注2]。

 注

  1. 江端伸昭「1. 『音楽の捧げもの』」『バッハ キーワード事典』、久保田慶一編、春秋社、201229091。注は無いので、誰がどの文献で指摘したのかはわかりません。
  2. Schoenberg, Arnold; Stein, Leonard; Black, Leo. Style and Idea: Selected Writings of Arnold Schoenberg. Berkeley: University of California Press, 1985, p. 394. 訳は筆者。

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