前回に引き続き、チャイ4の聴きどころをあげます。
第1楽章の第1主題
前回取り上げたファンファーレ主題(運命の主題)で始まる第1楽章の序奏部が終わると、提示部。第1主題はヘ短調 Moderato con anima 9/8拍子。
わざわざ「In movimento di Valse(ワルツの動きで)」とイタリア語で書き添えられています。でもこれ、ワルツとして捉えるのはかなり無理があります。
1小節に八分音符(と八分休符)が計9個入っている 9/8拍子。でもチャイコフスキーは通常の3+3+3ではなく、2+2+2+3で第1主題を構成しました。下の譜例のピンクのまとまりではなく、ブルーの点線の分け方です。
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譜例 チャイコフスキー:交響曲第4番第1楽章第1主題冒頭 |
最初の2拍分(3+3)が2+2+2になるということは、そう、ヘミオラですね。
交響曲の第1楽章の第1主題が3拍子というだけでも、かなり珍しい(ぱっと浮かぶのは、シューベルトの《未完成》とブラームスの2番くらい)のに、四分音符1拍の3/4ではなく八分音符3つで1拍の9/8。さらにヘミオラ!
そしてこのヘミオラ部分は、八分音符ふたつが3組。これ、3/4拍子ですね。ということは、第1主題は3/4+3/8の構造とも考えられます[注1]。複雑過ぎ!
「嘆きの動機」
チャイコフスキーの旋律は順次進行が多いのが特徴ですが、この第1主題前半には、半音や全音の2度下降がたくさん含まれています(譜例の赤い曲線)。
下降2度音型は、ルネサンス時代のマドリガリズムやバロック時代のフィグーレンレーレの「ため息の動機」の流れを汲む、嘆きの表現。
タイやらシンコペーションやらヘミオラやら複雑なリズム構造を持つ、緊迫感に満ちた第1主題の性格を、下降2度進行の「嘆きの動機」がさらに強めています。
ソナタ形式の崩し方
以前、ブラ1におけるソナタ形式からの逸脱について書きましたが(008 ソナタ形式の崩し方、009、010)、このチャイ4でもソナタ形式が変形されています。
ソナタ形式を使わないと交響曲を作ることができません。でも、古典派と同じ使い方ではダサい!のです。
ブラ1の完成・初演は1876年、このチャイ4は1878年。国は違っても、ブラームスとチャイコフスキーが似たようなことを考えるのは当然と言えば当然ですね。
提示部第2主題
チャイ4第1楽章でのソナタ形式の逸脱は、まず提示部の第2主題。
主調が短調なので、第2主題は通常並行調、つまり調号が同じ長調で提示されます。短調の曲の中、長調に変わってほっと一息、というところなのに、この曲では第2主題(クラリネットの上行旋律)も短調。
再現部も
再現部も標準的な形から逸脱しています。再現部は本来、主題が主調で戻ってくるところ。でもチャイ4では第1主題も第2主題(こちらはファゴット)も、主調(♭4つのへ短調)ではなく、♭1つのニ短調で再現されます。
バランスも奇妙です。この第1楽章は異常なほど長く、しかも提示部がほぼ半分を占めるからです。この第1楽章、本当に疲れます。
おまけ:終楽章のロシア民謡
最後に、終楽章で使われているロシアの旋律をあげておきます。序奏なしでいきなり始まる、喜び勇んで駆け下りるような1つ目の主題に続く、短調の静かな旋律は、「野に白樺の木があった Во поле берёза стояла」という歌詞で始まるロシア民謡《白樺》。
チャイコフスキーはメロディーはそのまま、しかしフレーズの終わりに二分休符を加えて4/4拍子2小節フレーズに変えました。終楽章の後半、この旋律は金管楽器を中心に ff の掛け合いで繰り返され、頂点で「運命の動機」が循環します。
注
- 大輪公壱『チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調作品36、ミニチュア・スコア解説』全音楽譜出版社、2017、9-12。
- Cabinet card portrait of Pyotr Ilyich Tchaikovsky, Émile Reutlinger, 1888. https://youtu.be/RCbEIJK2UDo?si=sjCRMjcHZXahztwD Во поле береза стояла : Ксения Конева, Лада Мошарова, Геннадий Самохин, Александр Федоров.
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