聖フィルの定期演奏会が迫ってきました。今日のコラムは、チャイコフスキーの交響曲第4番(チャイ4)とその聴きどころについて。
交響曲第3番の初演2年後の1877年から、翌年にかけて作曲されました。
同時期、《白鳥の湖》や、プーシキン原作のオペラ《エヴゲニー・オネーギン》を作曲しています(個人的な話で恐縮ですが、《オネーギン》、先日新国立劇場で見てきました。素敵でした〜〜!)。
チャイコフスキーにとっての1877年は?
1877年7月6日、37歳のチャイコフスキーはアントニーナ・ミリュコーヴァ(1849〜1917)と結婚。彼女から熱烈なラヴ・レターもらった3か月後のことです。でも、結婚生活はわずか80日で破綻。
それに先立つ同年5月1日、チャイコフスキーはナジェージダ・フォン・メック(1831〜1894)に、3000ルーブルの借金を申込みました。
メックは大富豪(鉄道王)の未亡人。チャイコフスキーより9歳年上で、彼の大ファンでした。
ナジェージダ・フォン・メック |
初め(1876年12月)は編曲のお礼としてお金を支払ってくれていたのですが、借金の申込みに「これからたよって……返済は考えないで」とすぐに応じ、これ以降は編曲を頼まなくなります[注1]。
1890年までの14年間、彼女は毎年6000ルーブルをチャイコフスキーに援助。この時代のロシアの貨幣価値を現在の日本円に換算することは難しいのですが、当時の役人は年間300〜400ルーブルで一家を養っていたそうですから、大変な額です[注2]。
この借金のお礼として、チャイコフスキーはチャイ4を彼女に献呈しています。
この交響曲にはメックに尋ねられて手紙で教えたという「標題」が存在しますが、これは「後付け」です。チャイ4は標題音楽ではありません。内容はなかなかおもしろいのですが、参考程度に考えてください(以下、「 」は手紙に書かれたこの曲の標題からです)。
聴きどころ
まず何と言っても、第1楽章冒頭のファンファーレ。
ラ♭だけが3連符を含むリズムで繰り返される2小節+付点のリズムで動く2小節+下降音階から成る2小節の6小節フレーズが、初めホルンとファゴットによるユニゾンで、次にフルート、オーボエ、クラリネット、トランペットによって繰り返されます。
チャイコフスキー:交響曲第4番第1楽章 1〜6小節 |
音楽的にも格好良いオープニングですが、チャイコフスキーはこの主題が、交響曲全体の「種」(核というような意味でしょう)で「主要なアイディア」と述べています。続けて「運命」とも書いていますから、まさにこれはチャイ4の運命の主題。
幸福への衝動がゴールに到達するのを阻み(中略)ダモクレスの剣のように頭上に垂れ下がり、着実に絶えず魂を毒する、宿命的な力である(後略)。
とも説明しています[注3]。ダモクレスの剣とは、権力者の玉座の上に細い糸で吊るされた剣。幸福は常に危険にさらされているというたとえです[注4]。
循環形式の練習?!?
次の交響曲第5番は、第1楽章の冒頭主題(クラリネットがつぶやくように演奏する、チャイ4とは別の運命の主題)が全楽章で戻ってくる、完全な循環形式で書かれていますが、チャイ4ではまだそこまでに至っていません。
この主題は、終楽章のコーダの前で fff で戻ってくるだけです。しかし、曲の一番最初の旋律が第1楽章内で何度も使われるだけでなく、終楽章の終わりの方で戻ってくることによって、交響曲全体に、円環を閉じるような安定と統一感を与えています(続く)。
注
- 伊藤恵子『チャイコフスキー』音楽之友社、2005、100。
- 同上。
- Чайковский: Жизнь и творчество русского композитора, Переписка с Н. Ф. фон Мекк (1878 год. I часть) (Tchaikovsky: Life and Work of the Russian Composer, Correspondence with N. F. von Meck, 1878, Part I, 101.
- 大輪公壱『チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調作品36、ミニチュア・スコア解説』全音楽譜出版社、2017、9。
- Cabinet card portrait of Pyotr Ilyich Tchaikovsky, Émile Reutlinger, 1888. Portrait of Nadezhda von Meck, unknown date, La musique comme vous ne l'avez jamais écoutée, Editions Gründ, p.67.
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