協奏曲、コンチェルトの語源は、ラテン語の Concertare(コンケルターレ)とも、イタリア語の Concertare(コンチェルターレ)とも言われます。前者は「競争する」、後者は「共働する」という意味。コンチェルトは声楽曲を指す言葉として使われ始めますが、バロック時代のイタリアにおいて、ソロ(独奏楽器が複数の場合はソリ)とオーケストラが競い合ったり、協調・調和する音楽ジャンルを指す言葉となりました。
その後、古典派時代の複数の独奏楽器のための協奏曲サンフォニー・コンセルタントは、ソロ同士の競い合いと協調を楽しむジャンルに(107 二重協奏曲への流れ参照)。
しかし、これは実はかなり難しいことです。たとえば、バロック時代にヴィヴァルディやバッハによって作られた、ふたつのヴァイオリンのための協奏曲。同じ楽器ふたつなら、互いに対等に渡り合えます。でも、ブラームスのドッペルでは、そんなわけにはいきません。
チェロが得意な音域は、ヴァイオリンのそれよりもかなり低いですよね。低音楽器のチェロは(音量や表情は豊かであるものの)、輝かしい音色を持つ高音楽器ヴァイオリンに、絶対に太刀打ちできません。もちろん、チェロにヴァイオリンよりも高い音域を演奏させることもできますが、常に逆転構造を取るのは互いに無理があります。
つまり、チェロとヴァイオリンは「共働」することはできますが、対等に「競い合う」ことはかなり難しいのです。
モーツァルトの工夫
同じジャンルの名曲、モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのためのサンフォニー・コンセルタント協奏交響曲を、思い出してみましょう。ピアニストとしての活躍に目が行きがちですが、実はモーツァルトはヴァイオリンもお手の物。ザルツブルク宮廷楽団のコンサート・マスターを務めました。
ヴィオラは構造上かなり無理のある、そのためにとても響きにくい楽器[注1]。ヴァイオリンと張り合うのは、チェロより更に難しいと言うか、ほとんど不可能です。そのためモーツァルトは、2つの工夫をしました。
ひとつは、ヴァイオリンの開放弦が使いにくく楽器が響きにくい、フラット3つの変ホ長調という調を使ったこと。ただしそれだけでは、ヴィオラはさらに不利になってしまいます。
そこで、もうひと工夫。モーツァルトはなんと、ヴィオラの弦を通常より半音高く調弦する「スコルダトゥーラ」(日本語では「変則調弦」など)を使用。
ヴィオラの開放弦は、低い方からド ソ レ ラ。これを半音ずつ高く調弦すると、開放弦はレ♭ ラ♭ ミ♭ シ♭に。ニ長調のつもりで弾くと、半音高い変ホ長調の音がするのです(奏者はさぞかし混乱すると思いますが)。変ホ長調でも開放弦が使えるため、楽器がよく響きますし、通常より半音高く、すなわち強く弦を張るので、音色はより輝かしくなります。
ヴァイオリンは不利に、ヴィオラは有利にということですね[注2]。
ブラームスの工夫
ヴァイオリンとチェロのための協奏曲という難問に、ブラームスはどう取り組んだのか。結論から言うと、彼は「共働するけれど競争しない」協奏曲を目指したと考えられます。
音域的に不利なチェロがなるべく目立つように、重要な旋律の提示をほとんど毎回チェロから始めています。また、ひとつのメロディー・ラインの低い音域の部分を、ヴァイオリンからチェロが受け継いだり、一緒に弾くときはユニゾンにするなど、主旋律と和音付けという分担の構図を避けるために、様々な工夫をしています。
オーケストラの書法にも工夫が見られます。ソロやソリと競い合うのではなく、彼らから旋律を受け継ぎ、共有・統合しながら音楽を進めていきます。ソロとオーケストラの楽器の間にも繊細な対話が紡がれます。それらはまるで、二重協奏曲を作る前の時期に重点的に取り組んだ、室内楽の構成のよう。
ブラームスの特徴のひとつとも言える、中・低音域楽器(ホルン、クラリネット、ファゴット、ヴィオラ、チェロなど)が重視されています。こうして、ヴィルトゥオーゾのための技巧的で派手な協奏曲とは正反対の、対話で音楽を進め、内面を深く掘り下げる「競争しない協奏曲」が生まれました。
注
- 長岡英「ヴィオラはえらい?」『オーケストラがもっと楽しくなる!クラシック音楽の基礎教養』アルテスパブリッシング、2025、1359-138ページ。
- (ピリオド楽器ではなく)モダン楽器で演奏する場合、実際にはスコルダトゥーラではなく変ホ長調として演奏することがほとんどのようです。
- Johannes Brahms portrait 1889.

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