098 《エニグマ変奏曲》と謎

2025/08/19

エニグマ エルガー

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聖フィル第32回定期演奏会では、サー・エドワード・エルガーの《エニグマ変奏曲》を取り上げます。エルガーは1857年生まれですから、1860年生まれのマーラーと同世代。ただ、マーラーが1911年に50歳で亡くなったのに対し、エルガーは1934年まで生きて、76歳で亡くなりました。

彼の代表作を思い浮かべても、そんな最近?!の作曲家とは思えませんね(イギリスの音楽辞典にも、ロマン派と書いてあります[注1])。彼は正式な音楽教育をほとんど受けておらず、ライプツィヒ音楽院で学ぶ計画も資金不足で頓挫。フリーランスの音楽家として一生を送りました。

「エニグマ」とは?

エニグマ enigma はもともと、謎、謎めいた言葉、謎かけなどを意味するギリシア語 ανιγμα(aínigma) に由来します。ラテン語の aenigma を経て、英語の enigma に。謎、不可解なもの、得体のしれない人や事象、などの意味。

エルガーの《エニグマ変奏曲》では、隠されたテーマを意味しています。

《エニグマ変奏曲》が名声をもたらした

1899619日、ロンドンのセント・ジェームズ・ホールでハンス・リヒターが初演した《創作主題による変奏曲(『エニグマ』)作品36》により、エルガーは世界的に知られるようになりました。この曲が人々を引き付けた理由は、3つ考えられます。

1.当時のイギリスのオーケストラ曲として、とてもすぐれたものであったこと。

2.各変奏曲に「描かれている」友達を特定する楽しみがあったこと。妻キャロライン・アリス・エルガーの第1変奏で始まり、ノヴェッロ社の出版局長 A. J. イェーガーが、最も有名な第9変奏「ニムロッド」、そして終曲がエルガー自身。彼らの正体はすぐに明らかになりました。

エルガーの出版業者で友人、ニムロッドのA. J. イェーガー

3.さらにもうひとつの「謎」が隠されていること。エルガーは、以下のように書いています。

私はその謎を説明するつもりはない。その『暗い言葉』は推測できないままにしておかなければならないさらに、全曲を通して、もう一つの、より大きな主題が『流れている』が、演奏されないのだ。

この第2の旋律を、多くの人が見つけ出そうとしてきました。しかし、納得のいく答えは発見されていません。私も今回、それが16世紀のイギリス作曲家トーマス・タリスのカノンだと主張する論文を読んでみましたが、解釈や類推ばかりで納得できませんでした[注2]。

答えを知っていたのは、彼の妻とイェーガーの2人だけだったと考えられています。初めの頃エルガーは、皆にその謎を推測して欲しかったようですが、後にはその話題を避けるようになりました。

彼自身は手紙の中で、この曲を常に(「エニグマ」ではなく)「私の変奏曲」と呼んでいました。この曲は《エニグマ変奏曲》として知られるようになりましたが、「エニグマ」は主題のみを指すのだそうです。しかも自筆譜にこの言葉を鉛筆で書き加えたのは、エルガーではなくイェーガーでした。

自筆譜への書き込み

一方、エルガーは楽譜の最後に、16世紀イタリアの詩人トルクアート・タッソの『開放されたエルサレム』から「Bramo assai, poco spero, nulla chieggio(私は強く願う、少ししか望まない、何も求めない)」を引用しました(譜例参照)。

その後に、カッコに入れて「sic 1595」と角括弧に入れた「Tasso」を添えています(1595はタッソが亡くなった年ですが)。さらにそのページの裏側に、引用の英訳「I essay much, I hope little, I ask nothing」と書いています。

エルガーはなぜ《エニグマ》の自筆譜の最後に、ルネサンス時代の有名な詩人のイタリア語を添えたのでしょうか。暗号に精通していたと言われるエルガー。この謎は、まだ誰にも解決できていません。

譜例:エルガー《エニグマ》自筆譜[注3]

  1. このコラムは以下を参考にシています。McVeagh, Diana. "Elgar, Sir Edward" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 8: 114-137, 114.
  2. Gough, Martin. "Variations on a Canonical Theme – Elgar and the Enigmatic Tradition". Elgar Society Journal. 18 (1), April 2013.
  3. この自筆譜の画像も含めて PadgettRobert W. Elgar's Tasso: Enigma Ciphers,  https://elgarsenigmasexposed.wordpress.com/2017/10/19/elgars-tasso-enigma-ciphers/  これは、改訂前のオリジナル・エンディング。完成の日付は不正確。

  • Edward Elgar ca. 1903, by Charles Frederick Grindrod.  A. J. Jaeger, credited to E.T. Holding, printed in and scanned from The Musical Times1 February 1910, p. 93. 

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聖光学院管弦楽団第32回定期演奏会

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