096 ブラ4の秘密② シャコンヌの元歌

2025/07/22

カンタータ バッハ ブラ4. ブラームス 音画 交響曲

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ブラームスの交響曲第4番終楽章は、シャコンヌ(パッサカリアとも呼びますが、以下シャコンヌで統一します)。「バッソ・オスティナート(バス定型)を繰り返しながら上声が変わっていく、バロック時代の変奏曲」という19世紀の定義が、実はバロック期のそれとは別物であったことは 095 シャコンヌとパッサカリア で書いたとおりです。今回はその第4楽章の続き。シャコンヌの元歌について。

ブラームスのシャコンヌの元歌《Meine Tage in dem Leide》

ブラームスのシャコンヌの8小節主題は、バッハのカンタータ150番 《Nach dir, Herr, verlanget mich 主よ、わが魂は汝を求め》の終曲(第7Meine Tage in dem Leide 苦難の中の私の日々を)に基づいています。この終曲はそれ自体、バッハがイタリア語で Ciaccona チャッコーナと記すところの(19世紀の)シャコンヌ。

「シーシ ドード レーレ ミ−ファ#−ファ#−シ」の4小節パターンを低音で繰り返しながら、合唱(や独唱)が以下の歌詞を歌います。

Meine Tage in dem Leide 苦難の中の私の日々を
Endet Gott dennoch zur Freude; 神は終わらせて喜びへと至らせて下さいます。
Christen auf den Dornenwegen いばらの道を歩むキリスト者たちを
Fuehren Himmels Kraft und Segen. 天の力と祝福が導いて下さいます。
Bleibet Gott mein treuer Schutz, 神が私の真実の守り手であるならば、
Achte ich nicht Menschentrutz; 私は人間の抵抗など気にも留めません。
Christus,der uns steht zur Seiten, キリストは私のそばにいて下さって
Hilft mir taeglich sieghaft streiten. 日々に私を助けて勝利させて下さいます[注1]。
 

カンタータ150番終曲は動画の 12:46 から。ロ短調で始まったのに、2行目の「Freude(喜び)」で転調し(13:20〜)、「レーレ ミーミ ファ#ーファソ−ラ−ラ−レ」と長調になっていますね。長いメリスマ(同じ母音で複数の音を歌うこと)も、喜びの表現と考えられます。

また、スペリウスが3行目の「Dornenwegen(いばらの道)」を歌うとき(1340〜)、半音階の下行進行になり、ちょっと違和感がある響きになりますね。キリスト教で受難や罪の象徴する「いばら」を、音画で表しているのです。

ブラームスの工夫

指揮者ジークフリート・オックスが伝えるところによると、ブラームスはこのバス主題をピアノで弾き、ハンス・フォン・ビューローに語ったそうです[注2]。

この主題にもとづいて交響曲楽章を書くというのはどうだろう。だが、これは無骨で率直すぎる。どこかで半音階的に変化させなければ。

終楽章の主題は、確かに半音階的経過音がひとつ(ラ#、譜例1の矢印)挿入されていて、これがバロック的だった主題を、19世紀末にふさわしいものに変化させています。

ブラームスはバッハのように転調は使わず、30回全てをミからの繰り返しにしました。一方で、バッハが常にこの主題をバスに置いたのに対し、ブラームスは自由。オープニングでは上声に置いています。

和声も工夫されています。次第に上行する旋律と対象的にバスラインを下降させるため、ホ短調の主和音であるミソシではなく、音階の4度和音ラドミの第1転回形(ドミラ)から開始。

また、最後からふたつめのシのバスは、本来はファ#。でもブラームスは、下方変異させたファ♮を付けました。これが素晴らしい味を出しています[譜例1]。

譜例1: ブラームスのシャコンヌ主題

カンタータの出版とブラームス

このカンタータ150番は、バッハ全集 Bach Gesellschaft Ausgabe 33巻として、1884年の秋に出版されました(ブラームスは、この全集の編集委員を務めています)

現在では旧バッハ全集と呼ばれるこの全集では、バッハが書いたように、合唱や独唱のスペリウス声部はソプラノ記号、アルト声部はアルト記号、テノール声部はテノール記号、バス声部はヘ音記号で記譜されています(上の動画の楽譜参照。新バッハ全集では、ト音記号とヘ音記号に統一されました)。

ところで、指揮者として多忙だったブラームスは、この最後の交響曲の第1、第2楽章を1884年の夏の休暇に、残りの第3、第4楽章を1885年の夏の休暇に作曲。前年に刊行されたカンタータの楽譜が、終楽章の作曲にちょうど間に合ったと考えられていたのですが。

4楽章の最後のふたつの変奏のなかに、第1楽章の冒頭主題が「暗示」されていることは有名ですが、実はこの第4楽章シャコンヌの主題が、第1楽章冒頭にも織り込まれていることが、クリスティアン・マルティン・シュミットにより1998年に指摘されました[注3、譜例2参照]。

このため、ブラームスが旧バッハ全集の刊行前に、バッハの原作を手稿譜の形で知っていた可能性が示唆されています。

譜例2: 第1楽章のシャコンヌ主題(クリックで拡大します)

  1. 川端純四郎訳 http://www.jade.dti.ne.jp/~jak2000/page002.html#150 
  2. 三宅幸夫「ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98」解説。『ブラームス:交響曲第4番ホ短調作品98ミニチュア・スコア』、音楽之友社、2004、xi。
  3. Schmidt, Christian Martin. "Johannes Brahms: Sinfonie Nr. 4 e Moll op. 98," in Johannes Brahms: Die Sinfonien, Schubert, Giselher, Constantin Floros, and Cristian Martin Schmidt, Mainz 1998, 213-272. 
  • Johannes Brahms portrait 1889. https://youtu.be/LzT4APqCqRY?si=LXfrbWagjdcC9exH Leonhardt, Bach: Sacred Cantatas, BWV 150-153.

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聖光学院管弦楽団第32回定期演奏会

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