079 演奏習慣の変遷:《魔笛》序曲のオープニング②

2024/08/06

ベートーヴェン モーツァルト 序曲 魔笛

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《魔笛》序曲のオープニング。トゥッティで3種類の和音が計5回鳴り響きます。078 オープニング①参照でご紹介したようにこのオープニングの和音は、大きく分けて3種類の演奏の仕方があるようです。

1は、それぞれが長く伸ばされ、16分音符の和音の後、2分音符の和音の前に間を空ける演奏。カラヤンやベームがこのスタイル(オープニング①参照)。堂々としていますね。田部井剛先生のご指示で、今回の聖フィルもこのように演奏します。

2のパターン:長い+間無し

《魔笛》の動画を聴き比べてみて最も数が多かったのが、前回①で動画を載せたレヴァインのパターン。16分音符も2分音符も記譜されているよりもずっと引き伸ばされていますが、間は空いていません。

1のパターンが古い録音が多かったのに対し、こちらはホルスト・シュタインがハンブルク州立フィルハーモニー管弦楽団を指揮した1971年の録音から、リッカルド・ムーティが2006年のザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮したものまで、演奏年は様々でした。

3のパターン:ほぼ楽譜通り

そして、最後が音符の長さ通りの演奏グループ。モーツァルトがフェルマータを付けた4分休符も、あまり長くされません。

ジョン・エリオット・ガーディナーがイングリッシュ・バロック・ソロイスツを指揮した1996年の録音、ニコラウス・アーノンクール指揮の1988年(ウィーン)と2007年(チューリッヒ)の録音、クイケン指揮ラ・プティット・バンドの2004年の録音など、古楽の専門家によるピリオド楽器の団体が、このパターンで演奏しています。

近年は、モダン楽器でもほぼ楽譜通りの演奏もあります(タルモ・ペルトコスキ指揮フランクフルト放送交響楽団の2023年の演奏など)。

3種類のパターンがある理由

なぜ、同じ楽譜から違うパターンの演奏が生まれたのか、考えてみました。

楽譜をもう一度見直すと、フェルマータが付いているのは休符だけ。和音には付いていません。つまりモーツァルトの意図は、(単純に考えると)間を空けること。3種類の和音を、それぞれ別の物として捉えて欲しかったのではないでしょうか。


でも、休符だけでなく音符にもフェルマータが付いているように伸ばした方が、うまくバランスが取れます。その方が格好良いし。

さらに、2回繰り返す和音の間を空けることで、よりドラマティックな効果が生まれます。

既視感

このような「より良くするためのちょっと自由な解釈」が行われていた時期がありましたね。有名な例が、《運命》の第1楽章。

2主題直前のホルンコールを、ベートーヴェンは再現部では、ファゴットに担当させています。でも、つい最近(?)までファゴットにホルンを(勝手に)重ねて演奏するのが当然でした(さすがにもう昔話ですが)。

《魔笛》序曲オープニングの「ちょっと(?)自由な解釈」も、そのうち昔話になるかもしれません。

おまけ:短いパターン

ちなみに、野崎知之先生がおっしゃった「冒頭の16分音符をそれよりも短く演奏する(①参照)パターンは、バロック音楽の影響でしょう。イネガル奏法の影響で、短い音は楽譜に書かれたよりもさらに短く演奏するのが、バロック時代の常識でした[注1]。

モーツァルトの時代には既に、このバロックの演奏習慣は廃れていたと考えられます。

ただ、モーツァルトでも書かれた音符より短く演奏している例もあります。たとえば、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K.364の冒頭部分の付点4分音符と8分音符(3つ目と4つ目の音)。クイケンは、複付点のように8分音符よりも短く演奏しています[注2]。

  1. 長岡英『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』(アルテスパブリッシング、2014)、124ページ。
  2. クレーメル&カシュカシャンがソロを弾いているアーノンクール指揮ウィーン・フィルのCDでも、楽譜より短く演奏しています。

  • https://youtu.be/6bOJ_FHRi2Q?si=6PrKhv6OSlICU0SU John Eliot Gardiner, English Baroque Soloists. https://youtu.be/yKl4T5BnhOA?si=l74pIH34CswuEOhw Herbert von Karajan, Berlin Philharmonic (1977). https://youtu.be/3KL0wU01TaE?si=onuV7r-v0gIfX1v2 Sigiswald Kuijken, La Petite Bande.  Mozart, c. 1781, detail from portrait by Johann Nepomuk della Croce. 

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