学会発表の準備で2ヶ月コラムをお休みしていました。「次回に続く」のままで中断してしまってすみません。パレストリーナに関する発表が無事終了しましたので、コラム再開!
061 波乱万丈!!! ヴァーグナーの人生その1で書いたように、
- ヴァーグナーは夜逃げをしたことがある
- ヴァーグナーは指名手配されたことがある
それでは、
第3問:ヴァーグナーは恩人の奥さんと不倫した。イエスかノーか?
これもイエス! のつもりで書き始めたのですが……。
チューリッヒのヴァーグナー
スイスに亡命したヴァーグナーはチューリッヒで多くの文化人と知り合い、金銭的な援助も得ることができました。2人の女性ファン(ドレスデンの未亡人ジュリー・リッターと、ボルドーのワイン商に嫁いだイギリス人女性ジェシー・ラウソ)からは共同で、ドレスデン時代の給与の約半分に相当する金額を提供されています[注1]。
1852年1月にチューリッヒで開かれた演奏会で指揮をしたヴァーグナーは、オットー・ヴェーゼンドンク(1815〜1896)に紹介されました。
彼は絹織物貿易で大金持ちになったドイツ商人。1850年にすべての事業から引退し(まだ35歳!!!)、莫大な財産とともにチューリヒに来ていたのです。
Otto Wesendonck, 1865 |
オットーは1853年以降、ヴァーグナーのパトロンになります。1857年からは、別荘の東屋をヴァーグナーと妻ミンナに住居として提供。ヴァーグナーはここを「Asyl(避難所)」と呼びました。
ヴァーグナーとマティルデ・ヴェーゼンドンク
そのオット―の妻が、マティルデ・ヴェーゼンドンク(1828〜1902)。彼女はもともと、アグネス・ルッケマイヤーという名前でした。
1848年にオットー・ヴェーゼンドンクと結婚(ということはオット―は33歳、マティルデは20歳!ですね)。オットーは最初の妻を結婚数ヶ月で亡くしていて、アグネスは彼のために、最初の妻の名前マティルデを名乗ることになったのです。
Mathilde Wesendonck, 1850 |
オペラ関係の書物によると、マティルデとヴァーグナーは1年間不倫関係にあり、その経験が《トリスタンとイゾルデ》に投影されたことになっています[注2]。
というわけで答えはイエス! と思っていたのですが。
ヴァーグナーとマティルデはプラトニックな関係だった?!?
コラムのためにイギリスの音楽事典を確認したところ、なんと:
ワーグナーとマティルデの間には恋が芽生えたが、《トリスタンとイゾルデ》で理想化された二人の愛は、おそらく成就することはなかった ["Wagner"の項目、注3]。
マティルデはワーグナーと親密な関係を築いたが、おそらく結ばれることはなかった ["Wesendonck"の項目、注4]。
ウィキペディア独語版 Mathilde Wesendonck にも:
ヴァーグナーとマティルデ・ヴェーゼンドンクの親密なプラトニックな関係は、1858年の夏、突然終わりを告げた
プラトニックな不倫……とは普通言いませんよね。ということは、恋愛関係にはあったけれど不倫関係ではなかった……!!!
ということは、第3問の答えはノー。
大学の西洋音楽史で「不倫してた」と講義していた私。今後は「恩人の奥さんと恋愛してた」と言わなければ。
ただ、マティルデがヴァーグナーのミューズであったことは間違いありません。ヴァーグナーは彼女の詩に基づく歌曲集《ヴェーゼンドンクの5つの詩》も作曲しています。
そして何より《トリスタンとイゾルデ》の音楽は、ふたりの濃密な関係、正確にはヴァーグナーが望んだふたりの濃密な関係を、映し出しているのです。
注
- Millington, Barry, John Deathridge, Carl Dahlhaus and Robert Bailey. "Wagner, (Wilhelm) Richard" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 26: 931-971. 935-36.
- たとえば、「彼女(訳注:マティルデ)は富豪ヴェーゼンドンクの夫人で、作曲(訳注:《トリスタンとイゾルデ》)当時ワーグナー(ママ)とは『不倫関係』にあった」山田治生他編著、『オペラガイド126選』成美同出版社、2003、101ページ。ウィキペディアドイツ語版 Otto Wesendonck にも「Affäre」という単語が使われています。
- op. cit., p.936
- Millington, Barry, "Wesendonck, Mathilde" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 27: 302.
- Richard Wagner, 1871, by Franz Hanfstaengl. Otto Wesendonck, Relief von Joseph Kopf, 1865. Mathilde Wesendonck (1850) by Karl Ferdinand Sohn, in the StadtMuseum Bonn.
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