聖フィル♥コラム・リニューアル特別企画第1弾!
4月10日に迫った聖光学院管弦楽団 第25回定期演奏会では、ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844〜1908)の交響組曲《シェヘラザード》を取り上げます。
「すべての女性を不誠実で不貞と考え、妻に迎えた女性を初夜の後次々に殺すことを誓ったシャリアール(シャフリアールとも)王。しかし、シェヘラザード(シェエラザード、シャハラザードとも)は毎晩、王に興味深い物語を話して聞かせ、千一夜の間生き存える。王は好奇心に駆られて殺すのを先延ばしし、とうとう残忍な誓いを捨ててしまった」
というストーリーを、4つの交響詩で表現したもの。1888年に作曲されました。
第1曲冒頭のシャリアール王の主題:
フォルティッシモのユニゾンがぶっきらぼうで、いかにも怖そうですね。
一方シェヘラザードの主題は、ハープの和音の上で独奏ヴァイオリンが、優しく訴えかけるように奏でます(1:23〜)。
この2つの主題を軸に、シェヘラザードが語る様々な物語が展開されます。
第1曲主部、アレグロ:
ヴァイオリンとクラリネットが奏でる主部の旋律も、静かですが王の主題。「海とシンドバッドの船」というタイトルのように、最初にシェヘラザードが語るのは「船乗りシンドバッド」のお話。チェロやヴィオラのアルペジオで大海原を表現しています。
リムスキー=コルサコフの職業は?
リムスキー=コルサコフはロシア帝国海軍学校を卒業。1962年からは海軍士官候補生として、アルマズ Almaz 号で3年間の遠洋航海に[注1]。海や波の表現が見事なのは当然ですね。
第4曲の最後に再び大海原の描写が戻り、船の難破の後、独奏ヴァイオリンのフラジオレットの下で、王の主題が低弦によりピアニッシモで奏されます(45:37〜)。残忍な誓いを捨てて生まれ変わった王を表現しています。
王の主題とシェヘラザードの主題の間の和音は?
それでは、冒頭の王の主題とシェヘラザードの主題の間で、木管楽器によって奏される5つの和音は何を表現しているのでしょう?
ヒント:
和音が登場するのはここだけではありませんよね。第4曲最後の、残忍な誓いを捨てた王の主題と、全体を締めくくるシェヘラザードの主題の間で戻って来ます(46:14〜)。
この和音は「枠組み」
多くの解説でスルーされている、この印象的な和音。
これは、和音から和音までは現実とは異なるおとぎ話の世界、ということを表します。言い換えると冒頭の和音は「むかしむかし」、最後の和音は「おしまい」 [注2]。
メンデルスゾーンの《夏の夜の夢》序曲は、同様の和音で始まり和音で終わる、「むかしむかし」と「おしまい」がよりわかりやすい例です[注3]。
《シェヘラザード》では1番最初と1番最後ではないところが、リムスキー=コルサコフの工夫ですね。
遠洋航海中のリムスキー=コルサコフ
アルマズ号での長い航海中、リムスキー=コルサコフは書きかけの交響曲第1番を完成させるなど、音楽の勉強を続けています。港に寄るたびに買い込んだスコアをやはり途中で買ったピアノ(!)で弾いたり、ベルリオーズの『管弦楽法』を勉強しながら暇をつぶしたそうです。購入したスコアには、ベートーヴェンの交響曲や四重奏曲、シューマンの室内楽、そしてメンデルスゾーンの《夏の夜の夢》劇付随音楽も!
四半世紀後に《シェヘラザード》を作曲するとき、この遠洋航海の記憶とともに《夏の夜の夢》の和音を思い出したのかもしれませんね。
次回はシューマンの交響曲第1番について書きます。
注
- 以下、航海中の様子などを含めた情報は、Prolova-Walker, Marina. "Rimsky-Korsakov: (1) Nikolay Andreyevich," in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 21: 400-423, 400 による。
- この和音に関して言及されているものは、日本語の資料では「『むかしむかし、あるところに…』的なもの」「『…というはなしだったのさ!」的』という、全音ミニチュアスコアの解説(中島克麿、6ページ)くらいしか見つけられませんでした。
- 《夏の夜の夢》序曲では、再現部にはいるときにも和音が登場します。
- Portrait of Nikolai Rimsky-Korsakov in 1898 by Valentin Serov (detail). 動画:https://youtu.be/Dyf2MWHnwOU hr-Sinfonieorchester, Julian Kuerti. https://youtu.be/kF7yovpq2mE Gewandhausorchester, Riccardo Chailly.
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