039 ハンガリー狂詩曲の元

2023/01/24

ピアノ リスト 狂詩曲

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聖フィルが次回演奏会で第2番を取り上げる、リストのハンガリー狂詩曲。原曲はピアノで、全部で19曲あります。成立史はとても複雑。

リストはハンガリー生まれですが、当時はオーストリア帝国の支配下。彼はドイツ語を母国語とし、ハンガリー語を話せないまま大人になりました(当時はそれが一般的でした)。しかし、民族運動の高まりを背景にハンガリーの音楽に関心を持つようになります。

1: 《ハンガリーの旋律》

リストはロマ(ジプシー)やハンガリーの民俗音楽を求めてロマの野営地を訪れ、そこで質の良いジプシー・バンドを聴きました。

これに刺激されて、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして演奏するために1838年から《ハンガリーの旋律 Mgyar dalok / Ungarische Nationalmelodien LW A60a, S 242 》を作曲。1840年にウィーンのハスリンガー社から出版します。

このピアノ曲は、全部で11曲。これが、ハンガリー狂詩曲の元になりました。下の動画は第9番。残念ながら後の版には使われていませんが、なかなかですよね。

2: 《ハンガリー狂詩曲》

1846年以降《ハンガリーの旋律》を自由に編曲し、《ハンガリー狂詩曲 Magyar Rhapsodiak / Ungarische Rhapsodien LW A60b, S 242》を作り始めます。1847年に同じくハスリンガー社から、6曲を出版。

ラプソディーとは何かで書いたように、狂詩曲(ラプソディー)は自由で即興的で、民族的、叙事的なイメージを持つ音楽。ピッタリのタイトルです。

3: 《ハンガリー狂詩曲集》

さらに、1851年にフランス語表記のタイトル Rhapsodie hongroise で、ライプツィヒのゼンフ社から15曲を出版 [注1]。後に4曲が追加され、全19曲に。下図は Comte László Teleki に献呈された第2番(LW A132/2, S 244の初版譜。

実はハンガリー音楽では無かった

リストが参考にした音楽は、実はハンガリーの民俗音楽ではありませんでした。彼が聴いたのはロマの音楽。しかも、リストが聴いた音楽には当時の流行音楽も含まれていました。これを、ハンガリー民謡と勘違いしたのです。

ハンガリーを支配していたオーストリアの軍隊は、音楽的才能のあるロマを雇い、軍隊の兵士を音楽や踊りで慰安するということを盛んに行っていたため、オーストリアにおいてはロマの音楽がハンガリーの民族音楽と誤解されるようになったそうです[注2]。

また1840年当時ハンガリー国内でも、何がハンガリー音楽ではなくロマの音楽なのか、混乱していました。

現代の研究では、(ロマの即興演奏のフィルターを通したものではあったものの)リストがマジャール地方の本物の民俗的な旋律を狂詩曲に取り入れていたことが明らかになっています[注3]。

  1. 小宮正安『月刊都響 2022 October / November no.386』7ページ。しかし、1851年に出版されたのは1番と2番だけで、3番以降の出版は1853年。出版社もハスリンガーなどです。WalkerAlan. "Liszt, Franz," in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 14: 755-877. 802.
  2. 小宮、同上、7ページ。
  3. WalkerAlan. "Liszt, Franz," pp.762-763.

  • Portrait of Liszt by Henri Lehmann (1839).  https://youtu.be/sOUoTAblnv0 Kentner.  

演奏会情報

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聖光学院管弦楽団第29回定期演奏会

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