第4楽章、バリトンのレチタティーヴォの後、重唱・合唱が加わって歓喜主題が歌われます。それに続くのは、多様なセクション。その1はトルコ行進曲風セクションでした。
その2:教会風音楽
ト長調3/2拍子アンダンテと調、拍子、テンポ全てが変わり、男声合唱と低音楽器が、白い音符だけの旋律を歌い始めます(譜例1)。歓喜主題とは全く異なるこの旋律は、「抱きあえ、もろびとよ! Seid umschlungen, Millionen!」の歌詞から「抱擁」主題とも呼ばれます。
古くから例外的に教会で使うことが許されていた楽器トロンボーンが、この楽章で初めて登場。他の低音楽器とともに、1拍先んじて歌を導き、歌と同じ旋律をユニゾンで演奏します。
パレストリーナらが活躍したルネサンス時代の宗教曲は、無伴奏。ただ、複雑なポリフォニーだったため、声楽パートを支えるためにトロンボーンが同じ旋律を演奏しました。このセクションのトロンボーンなどは、その伝統的な使われ方をしています。
その3:二重フーガ
直前の教会風音楽セクションの旋律と、歓喜主題を組み合わせた二重フーガ(上の動画の54:03頃から)。まずソプラノが歓喜主題を、アルトが「抱擁」主題をそれぞれの歌詞で歌い始めます(譜例2)。テナーとバスの組み合わせに変わったり、担当する主題を交換したりしながら歌い継ぎます。
オーケストラのどこかのパートが常に、8分音符が続くフレーズを演奏しています。これは歓喜主題の変奏(と言うか装飾形)ですが、この急速な流れが音楽に弾みをつけます。
譜例1:教会風音楽、譜例2:二重フーガ |
その4:カデンツァ風4重唱
弦楽器によるピアニッシモのカノンに導かれて、ソリストたちの重唱が始まります(763小節〜)。初めは男声、女声の二重唱ですが、四重唱になり、合唱も加わります。最後は、四重唱によるカデンツァ。
その5:プレスティッシモのコーダ
トルコ行進曲風セクションで使われた打楽器も加わり、クライマックスへ。途中、突然マエストーソに変わって、第1節冒頭「歓喜よ、神々のうるわしき煌きよ Freude, schöner Götterfunken」が高らかに歌われた後、再びプレスティッシモに戻り、壮大な終楽章を閉じます。
第4楽章の魅力
《第九》第4楽章の魅力はなんと言っても声楽が加わること。ベートーヴェンは、交響曲に独唱と合唱を加えるという禁じ手を使いましたが、「歌」そのものだけではなく「歌詞」もうまく利用しました。
冒頭のオーケストラだけの部分において、後で歌われる歌詞を器楽レチタティーヴォで先取りすることでストーリーを示し、さらに全曲の統合を成し遂げています(《第九》の要、第4楽章冒頭部参照)。
そして、歌が加わってからの部分は多様な要素を取り入れ、前代未聞の構成に作り上げました。
さまざまな解釈
第4楽章は変奏形式、ロンド形式、バール形式、ソナタ形式、4楽章形式(わかりやすく言うと、ひとつの楽章内に交響曲4楽章が収められていると考えられる形式)、通作形式などなど、さまざまに解釈されています[注1]。
でも、どれも第4楽章全体を完全に説明することはできません。それほど複雑なのです。
歌が加わる前の部分も加わってからの部分も、ベートーヴェンが練りに練ったユニークな構成です。これが、シラーの詩が持つパワーを倍増させているのです。
《第九》って本当にすごいですね!
注
- 土田英三郎『ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125、ミニチュア・スコア解説』音楽之友社、2000、p.xii。同書pp. x-xiには、これらが表でまとめられています。このコラムの歌詞の日本語訳は、同書p.xviを使用。
- Portrait by Joseph Kar l Stieler, 1820. https://youtu.be/rJH9b9EQtHM Orchestre Révolutionnaire et Romantique, John Eliot Gardiner, 2020.
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