今回のコラムもフランス6人組の模範とされたエリック・サティの、ピアノ曲のお話。
オケ奏者やオケ関係者の中にも、以前ピアノを習っていたとか、今も習っている方は少なくないと思います。最近は多様になってきましたが、少し前まで日本のピアノのお稽古は、バイエル→ブルグミュラー→ソナチネ・アルバムと進むのが定番でした。
ソナチネとは:
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの(初心者用)ソナタも含まれる、ソナチネ・アルバム。ソナチネ、正確にはソナティーネ sonatine は、イタリア語で小さなソナタたちという意味(単数形はソナティーナ sonatina)。
ソナタよりも規模が小さく、難易度も高くないソナチネは、古典派ピアノ・ソナタを学ぶ準備として格好の教材です(ラヴェルのソナチネのような難しいものは例外的)。
ソナチネ・アルバム第1巻で1番最初に習ったのは、7番だった方が多いはずです。このハ長調のソナチネ op.36, no.1は、第1楽章が1ページに収まり、3楽章全部でも3ページ。op.36(1797年出版)の他の5曲のソナチネと比較しても、コンパクトです。
でも、複数の楽章から構成される音楽を学ぶのはこれが初めてですから、ピアノのお稽古が1段階進んだことを実感できます。
ソナチネ・アルバム第1巻7番
ムツィオ・クレメンティ
作曲者は、イタリア出身で主にイギリスで活動したムツィオ・クレメンティMuzio Clementi(1752〜1832)。モーツァルトより4歳年上で、ベートーヴェンの5年後まで生きました。80歳の生涯ですから、ハイドンより長生きですね。
1781年12月24日にホーフブルク宮殿で、ヨーゼフ2世に命じられてモーツァルトとピアノの競演を行ったことで知られています。
これほど魂のこもった優美な演奏を聴いたことがありませんでした[注1]。
一方モーツァルトは、クレメンティについて父レオポルトに:
優れたチェンバロ奏者ですが、ただそれだけのことです。右手がとてもよく動きます。彼のお得意は3度のパッサージュです。これを抜きにすれば、趣味も情感もまったくありませんし、単に機械的に弾くだけです[注2]。
クレメンティとサティ
話が横道に逸れましたが、前回のコラムでサティの奇抜なタイトルの一例として紹介した《官僚的なソナチネ》。実は、このクレメンティのハ長調ソナチネのパロディです。
「官僚的」というのは、楽譜のあちこちにひとりの官僚が仕事をして帰るまでの様子が書き込まれているから。秀逸で、とても愉快な書き込みです。
でも原曲を知っていると、音楽だけでも見事なパロディでニヤリとしてしまいます。原曲のハ長調を、シャープ3つのイ長調(遠隔調!)に。また、リズム・パターンを保ちながら旋律パターンを反行形(鏡に写した形)に変えるなど、原曲から遠くなりすぎないように作られているからです。
サティの《官僚的なソナチネ》(1917)
クレメンティがvivaceとした第3楽章を、サティは h が含まれたvivacheと変えました(譜例参照)。vacheはフランス語で「雌牛」、サティのユーモアですね。オリジナルの3楽章がうまく使われています。
作曲家、ピアニスト、教育者、指揮者、音楽出版者、楽譜編集者、ピアノ制作者など、多様な活動で高く評価されたクレメンティ。サティによる120年後のパロディ《官僚的なソナチネ》は、この18世紀作曲家への見事なオマージュになっています。
注
- マーシャル『モーツァルトは語る』高橋他訳、春秋社、1994、15ページ。
- 1782年1月16日付けレオポルトへの手紙。1783年6月7日付けレオポルトへの手紙でも「すべてのイタリア人と同じくペテン師です」などと酷評している。同上、533ページ。
- Portrait d'Erik Satie par Suzanne Valadon (1893). Clementi: https://youtu.be/58Z5gPum7pc Katsunori Maeda. Satie: https://youtu.be/rbRhwLL9t34 Katsunori Maeda.
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