105 ティンパニが一番上!! 《運命》の初版スコア

2025/12/09

ベートーヴェン 楽譜出版 交響曲

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ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調《運命》の初版スコアを、見たことがありますか?

《運命》は1807年から翌年にかけて作曲され、18081222日に交響曲第6番ヘ長調《田園》と共に初演。《運命》のスコアは18263月に、《田園》のスコアは同年5月に、ライプツィヒのブライトコップフ&へルテル社から出版されました[注1]。

ペトルッチ IMSLP には、そのブライトコップフ&ヘルテル社が1826年に出版した《運命》初版スコア(ただし、later printと書かれている)が入っています。何気なく見て、驚きました。スコアの楽器の順番が違うのです。現在のようにフルートから並んでいると思ったら。

運命の初版スコア

一番上の段は、なんと Timpani。その下は Clarini と書かれているのでトランペットです。えええ?!? その下が Corni でホルン。その下がようやく Flauti でした(譜例1参照)。

つまり、現在のように木管楽器、金管楽器、打楽器、弦楽器ではなく、打楽器、金管楽器、木管楽器、弦楽器の順に印刷されていたのです。

譜例1:《運命》初版スコア

それでは第6番《田園》は? 第5番と同じブライトコップフ&ヘルテル社の、こちらは1826年の初版。

一番上はなんと Corni(譜例2、左)。一瞬 ??? と思いましたが、そういえば《田園》の第1楽章と第2楽章は、ティンパニとトランペットがお休み。だから、ホルンが一番上になるのですね。全部の楽器が導入される第4楽章では、やはり Timpani、Clarini、Corni、Flauti の順でした(譜例2、右)。

譜例2:《田園》の初版スコア(左:第1楽章、右:第4楽章)

他の出版社のスコアは?

もしかしたらこれは、《運命》と《田園》を出版したブライトコップフ&ヘルテル社だけの並べ方でしょうか? ベートーヴェンの他の7曲の交響曲の初版スコアも見てみました。

7番と8番はウィーンのシュタイナー社が181611月と1817年春頃、スコアとパート譜を同時出版。9番はマインツのショット社が、18268月末にスコアを出版。いずれもペトルッチに収められていますが、3曲ともフルートが一番上。見慣れた順番でした。

一方、1番から4番の交響曲のうち最初の3曲は、ロンドンのチャンケッティ&スペラーティ社によって、それぞれ18091/2月、1808年11/12月、18093/4月に出版されています[注2]。また、第4番はボンのジムロック社が1823年に出版。

いずれもペトルッチに入っていますが、これらは皆、ティンパニが一番上で、次がトランペット。打楽器、金管楽器、木管楽器、弦楽器の順番は、ブライトコップフ&ヘルテル社だけでは無く、少なくともロンドンのチャンケッティ&スペラーティ社(譜例3、左と中央)と、ボンのジムロック社(譜例3、右)でも使われていました。

譜例3、ベートーヴェン初版スコア(左:交響曲第1番、中央:第2番、右:第4番)

当時のスタンダード

どこの出版社がいつ頃からこのような順番でスコアを印刷したのかはわかりませんが、当時はこれが、スタンダード(のひとつ)であったようです。以前、シュターミッツの交響曲の動画に、ホルンがオーボエより上に置かれた楽譜が付いていたのを見たのですが、これは(《田園》のように)トランペットとティンパニが無い曲だからですね。

ラッパと太鼓は古くから、必要な曲にペアで導入されました。現在のように二管編成の標準形に加わる前は、トランペットとティンパニ無しが主流。そのため、加わったときに印刷しやすいよう、一番上に付け足せる形にしたのでしょうか。そのためにホルンを上にしたという可能性は、あるかしら? 他に思いつきません……。 

自筆譜の楽器の順番はその作曲家が書きやすいように並べるので、現在の慣例とは異なることが多いのですが、印刷スコアで一番上にティンパニが置かれていたとは! 私たちの「常識」とは異なる「常識」がいろいろあるのですね。

  1. 以下、『ベートーヴェン事典』(平野昭・土田英三郎・西原稔編著、東京書籍、1999)pp. 22-98のデータに基づきます。ちなみに《運命》と《田園》パート譜は同じ社から18094月と、同年5月に出版されました。スコア出版まで17年も経っています。
  2. 2番が一番先に出版されたので、初版スコア譜では現在の第2番が1番に(譜例3、中央)第1番が2番に(譜例3、左)なっています。第1〜3番を出版した会社名は、楽譜にもペトルッチにも Cianchettini(チャンケッティーニ)& Sperati と書いてありますが、ベートーヴェン事典の表記に拠ります。
  • Portrait by Joseph Kar l Stieler, 1820.

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聖光学院管弦楽団第32回定期演奏会

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