冷たい雨の中、聖光学院管弦楽団第31回定期演奏会においでくださった皆さま、どうもありがとうございました。バッハ / ヴェーベルンの6声のリチェルカーレ、メンデルスゾーンの「宗教改革」交響曲、そしてベートーヴェンの第5番交響曲というラインナップ、楽しんでいただけたことと思います。
今回は非常に珍しい古楽器セルパンの演奏家である橋本晋哉先生が、メンデルスゾーンに賛助出演してくださいました。聖フィル・コンサート初のプレ・トークも開催。私がお相手を命じられて、お話を伺いました。橋本先生、楽しいお話と繊細なセルパン独奏、ありがとうございました!
セルパンが加わった《宗教改革》終楽章、残念ながら客席にははっきりと聴こえなかったと思いますが、舞台上の私たちはセルパンの柔らかで暖かい響きを楽しむことができました。
演奏会後のコラムは、恒例のアンコール・シリーズ。今回のアンコールは、ベートーヴェンの《プロメテウスの創造物》終曲でした。この曲の主題は《オーケストラのための12のコントルダンス WoO14》の第7曲と同じで、後にピアノのための《15の変奏曲とフーガ op. 35》と、交響曲第3番終楽章の変奏主題として使われたものです。
《プロメテウスの創造物》
《プロメテウスの創造物》はバレエ音楽。ベートーヴェンとバレエってあまり結びつきませんが、この曲をベートーヴェンが作ったのは、(指揮者の田部井剛先生がトークで説明されたように)ウィーンの宮廷劇場で皇后マリア・テレジアのために上演されたからです。
本来であれば、当時ウィーンに滞在していたナポリの高名な振付師で天才舞踏家サルヴァトーレ・ヴィガノ(1769〜1821)が、自分で曲も作るはずでした。ヴィガノは舞踏家一族の出身ですが、母方の伯父はルイジ・ボッケリーニ(1743〜1805、《ボッケリーニのメヌエット》で有名)。少年期から専門的な音楽教育を受け、舞踏の音楽も自分で作曲する腕前でした。
ただ、今回はマリア・テレジアのための作品。そのためにベートーヴェンに依頼したのでしょう。ただ、なぜバレエ作品での実績が無いベートーヴェンに頼んだのかはわかりません。
ベートーヴェンが作ったもう1曲のバレエ音楽は、ボン時代の 〈騎士バレエ〉 のための音楽 WoO1。でもこれは、ヴァルトシュタイン伯爵(後に《ヴァルトシュタイン》のニックネームが付く有名なピアノ・ソナタop.53を献呈された、ボン時代からのパトロン)が作曲した音楽として発表されてていたからです。
しかし、《プロメテウス》の作曲を頼まれた1801年時点で、ベートーヴェンは既にピアノ協奏曲第1&第2番、交響曲第1番、ピアノ・ソナタ《悲愴》などを作曲しています。自分が主役を踊る作品の作曲家として、ヴィガノのお眼鏡にかなったのでしょう。
バレエ《プロメテウスの創造物》初演のポスター、1801年(オーストリア国立図書館蔵) 第1部はヨハン・シェンク作曲喜劇オペラ《村の理髪師》(上段)[注1] |
《プロメテウスの創造物》の台本
ヴィガノが1821年に亡くなった直後に出版された『振付師・演出家サルヴァトーレ・ヴィガノの生涯と作品の記録』の中に、バレエのストーリーの概要が記されています。それによると、ギリシア神話のプロメテウス物語とはちょっと異なっています。
プロメテウスは人間を創造し、火を与えた神ですが、バレエでは人間としての理性と知性をもたせるために、男女ふたりをパルナッソス山に連れて行きます。そして、神々によって教育を受けた最初の男女は、理性や感情、愛情を持つ完全な人間になるのです(啓蒙主義思想の影響が感じられますね)。
残念ながら台本は残されておらず、どのようなバレエであったかは全くわかりません(そもそも、19世紀初頭のバレエ全般について、ほとんど研究されていないのが現状です)。
アンコールで演奏した終曲では、完全な人間になった男女がめでたしめでたしの締めのバレエを踊るのかな。ベートーヴェンの音楽がどのように振り付けされたのか、興味深いですね。現在は台本が残っていないことを逆手に取って、自由な振り付けで演じられることもあるそうです。
注
- Kirillina, Larisa Valentinovna, "Dancing Prometheus: Beethoven and Ballet." Contemporary Musicology, No. 3, 2023, 63-81 (Лариса Валентиновна Кириллина, Прометей танцующий: Бетховен и балет. https://doi.org/10.56620/2587-9731-2023-3-063-081) を参考にしました。
- Portrait by Joseph Kar l Stieler, 1820.
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