037 《時計》の振り子とアンダンテ

2023/01/10

アンダンテ テンポ ハイドン 交響曲 時計

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年末年始にお休みをいただいて、久しぶりの聖フィルコラム。今年もよろしくお願いいたします。

4月の定期演奏会で取り上げる、ハイドンの交響曲第101番《時計》。そのニックネームの元になった第2楽章の YouTube のなかに、テンポが速い演奏があることに気づきました。特に、ノリントンが指揮したもの。速い!

私が持っている3種類のCD(ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカのハイドン交響曲全集、マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団のネーム・シンフォニー集、そしてブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ)の第2楽章は、どれもの〜んびりしています。

ハイドンが第2楽章冒頭に書いたのは Andante。もしかしてアンダンテって「歩くような速さで」の他に何か意味があるのでしょうか。Andante について調べてみました。

アンダンテ Andante とは?

Andante(イタリア語:「歩くペースで」「気楽に」「流暢に」「均一に」;andareの現在分詞「歩く」)(中略)19世紀には最も一般的なテンポ呼称の一つであったが、楽譜への記載は比較的遅く、1718世紀にはテンポよりも演奏方法を示すものとして使用されることが多かった。(セバスティアン・ド・)ブロッサール(1703)と(ジェームス・)グラシノー(1740)は、主にバス・ライン、特に現在「ウォーキング」バス・ラインと呼ばれているものを指していた(後略)[注1]。

アンダンテはもともと「演奏方法」を示す言葉だった! 

「ウォーキング」バス・ラインとはジャズでよく用いられる用語ですが、バロック音楽(特にイタリア初期のバロック音楽)において、上声部と対象的に、着実に継続的に動くバス・ラインにも使われます[注2]。トコトコ歩き続けるように、同じ音価の音符で順次進行で動くバスです。

ヨハン・ぜバスティアン・バッハが Andante と記した、平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番の前奏曲。8分音符が連続する左手が、まさにその「ウォーキング」バス・ラインですね。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻第24番  前奏曲冒頭の Andante

この前奏曲や18世紀の多くの資料に見られるように、アンダンテはテンポの呼称ではありませんでした。連続して動く低音をはっきり演奏するための指示。また、イネガル奏法をしないようにという警告です。

イネガル奏法

バロック時代、8分音符などの連続をわざと不均等に演奏する習慣がありました。イネガル奏法、不均等奏法と呼ばれます[注3]。一定の条件においては、何も書かれていなくても奇数番目の音符と偶数番目の音符を不均等に演奏するのが常識でした。そのため、逆に楽譜どおりに均等に演奏する場合に、アンダンテの指示が必要だったのですね。

テンポとしてのアンダンテ

アンダンテがテンポの呼称として完全に受け入れられたのは、レオポルト・モーツァルト(1756年)になってからのようです。ハイドンにとっても、W. A. モーツァルトにとってもアンダンテは穏やかでリラックスしたテンポ gentle relaxed tempoでした。

ということは、《時計》の振り子の第2楽章も、従来のテンポで良いはずです。ノリントンの速いテンポは、彼自身の説明によると:

もしハイドンが本当に時計の音にインスピレーションを受けて、それを模倣しようと思ったのなら、拍は1秒間(ママ)に60回か120回のどちらかにしなければならないだろう[注4]。

そして、ノリントンは120を選んだのでした。ハイドンの時代のアンダンテは上に書いたように穏やかでリラックスしたテンポでしたが、考えてみると120は行進曲のテンポ。確かにこれも「歩くくらいの速さ」と言えるかもしれませんね

  1. Fallows,  David. "Andante," in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 1: 608.
  2. Schuller, Gunther"Walking bass (iii)," in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 27: 33.
  3. 長岡英「楽譜どおりに演奏しない場合」『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』アルテスパブリッシング、124ページ。
  4. Denis McCaldin: Roger Norrington. Haydn Sympnonies Nos. 1, 96, 101. Radio- Sinfonieorchestra Stuttgart des SWR. DVD-No 93-904 Hännsler Classic.  HAYDN: Online Journal of the Haydn Society of North America, March 2012.   https://remix.berklee.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1087&context=haydn-journal  "the pulse would have to be either 60 or 120 beats per second." と書いてありますが、1分間の誤りでしょうね。

  • Portrait of Haydn by Thomas Hardy (1791). https://youtu.be/iohtUw70w3E Stuttgart Radio Symphony Orchestra, Roger Norrington. Provided to YouTube by NAXOS of America. Staatsbibliothek zu Berlin (D-B): Mus. ms. Bach P 415. 



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