第26回聖フィル定期演奏会まで1週間足らず。今回のコンサートは、ジャック・イベールの《モーツァルトへのオマージュ》で始まります。フランス公共放送がモーツァルト生誕200年を記念してイベールに委嘱。ということは1956年、20世紀後半に作られた曲です。
《モーツァルトへのオマージュ》というタイトルですが、曲の中にモーツァルト作品の引用はありません。いったいどこがどのようにモーツァルト的なのか、考えてみました。
2管編成であること
Fl2、 Ob2、Cl2、 Fg2、Hr2 、Tp2、Timp、Strings。プーランクの《シンフォニエッタ》からハープを抜いた編成。ベートーヴェンの第4交響曲までの古典派のスタンダード編成です。
ただ、モーツァルトの交響曲に限って言えば、初めから2管編成で作曲されたのは、《パリ》のニックネームがある(31番)ニ長調 K.297 (300a)だけ[注1]。
モーツァルトの時代、クラリネットはまだ新しい楽器だったので、演奏できる者が限られていました。クラリネット奏者がいたのは、マンハイムの宮廷オーケストラや、《パリ》交響曲を委嘱したパリのコンセール・スピリテュエルのオーケストラくらいだったのです[注2]。
チェロとコントラバスの動きがほぼ同じであること
ハイドンやモーツァルト(ベートーヴェンも第2番まで)の交響曲のスコアでは、チェロとコントラバスがほぼずっと、1段にまとめられています。これは、同じ楽譜を演奏していたバロック時代の通奏低音の名残り[注3]。
イベールのスコアを見ると、チェロだけが弾いてコントラバスは休みという部分は結構ありますが、チェロとコントラバスが違う旋律を弾く部分は23小節しかありません。
ニ長調であること
20世紀後半に調性音楽を作曲すること自体珍しいのですが、この曲はちゃんと(?!!)主和音で始まって主和音で終わります。
シャープ2つのニ長調は、かなりモーツァルト的と言えると思います。モーツァルトの交響曲で最も多く使われた調で、14曲もあります[注4]。ハ長調が2番目で9曲、ト長調が3番目で7曲。
この時代の音楽は弦楽器が中心だったので、弦が響きやすい調を使うことが多かったからでしょう。
ロンド形式で作曲されていること
冒頭のニ長調の旋律がロンド主題。これをAとすると、
- ロンド主題 A
- 異なる旋律群 B:嬰へ長調のフルート独奏0:45〜、カノン1:30〜など
- ロンド主題 A 1:49〜
- 異なる旋律群 C:変ロ長調のトランペット独奏2:26、3拍子3:00〜など
- ロンド主題 A 3:53〜
A - B - A - C - A。しかもロンド主題は、3回ともニ長調で演奏されます。これは、変形されていない本来のロンド形式です。
拍子やリズムがシンプルであること
音楽が8分音符と16分音符を中心に作られていますし、変拍子もありません。
2拍子系と3拍子系がころころ変わるプーランク《シンフォニエッタ》とは大違いです。
曲の感じもシンプルであること
そして何よりも曲の感じがモーツァルト的。ディヴェルティメントのように軽快で心地よく、短調の部分もシリアスになりません。ときどきちょっと驚かされる和音や転調があり、20世紀後半の曲であることを思い出させてくれます。
フランス人イベールが作った、モーツァルト的要素満載で雰囲気はモーツァルト的なのに、実はあまりモーツァルト的に響かない《モーツァルトへのオマージュ》。とてもチャーミングな小品です。
注
- (40番)ト短調 K.550 は2管編成で演奏されることが多いのですが、Cl 2は改定稿で加えられました。
- 長岡英『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』アルテスパブリッシング、49ページ。
- 前掲書、110-12ページ。
- 『モーツァルト事典』東京書籍、238−39。吉成順の交響曲リストには47曲が含まれています。4番目に多いのはヘ長調、変ロ長調、変ホ長調でともに4曲ずつ。5番目がイ長調で3曲、6番目のト短調が2曲。モーツァルトは交響曲で、シャープもフラットも3つまでの調しか使っていないことがわかります。
- Louis Silvestre (photographer). https://youtu.be/Ctch_DfHAbw Orchestre symphonique de Montréal, Charles Dutoit.
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