聖フィルは、来年3月の第31回定期演奏会で、ヴェーベルン編曲によるバッハの《音楽の捧げもの》BWV 1079より6声のリチェルカーレを取り上げます。
リチェルカーレ。響きがチャーミング(!?!)で、なんとなく玄人っぽく、格好良い言葉ですね。でも、そのリチェルカーレって何でしょう?
リチェルカーレの語源
リチェルカーレ ricercare はイタリア語。
英語の to search for、to seek にあたる動詞なので、日本語では「探し求める」「探求する」「探索する」という意味です。
リチェルカーレは器楽のジャンル名
リチェルカーレは最初期に登場した器楽のジャンル名のうちのひとつ。
オケ奏者やピアノから音楽に入った方々にとって、音楽=器楽だと思います。でも、西洋音楽史において器楽が(ジャンルとして)登場したのは、ルネサンスの末。
それまで、つまり中世からルネサンス時代まで何百年にも渡って、音楽=声楽でした。
もちろん楽器は、紀元前から存在します。何かを叩くと太鼓になるし、管に息を吹き入れて音を出すと笛になりますから。
でも、器楽は基本的に即興で演奏されるものでした。そのため、楽譜資料がほとんど残されていません。
そもそもネウマ譜という最初の記譜体系は、神が伝え給うた(という伝説が作られました)グレゴリオ聖歌の形を、変えないよう記録するために考え出されました。
16世紀の声楽の出版楽譜には、「これは歌にも楽器にも適する」と添えられたものがあります。より広い購買層をターゲットにするためですね。まだ声楽と器楽の様式が区別されず、声楽曲をそのまま器楽アンサンブルに使ったことがわかります。
リチェルカーレとは
やがて、器楽のジャンルが誕生します。初期の器楽ジャンルには、声楽曲の様式を使ったものがありました。
リチェルカーレやファンタジアは、モテットという声楽曲の器楽ヴァージョンです。モテットはラテン語を歌詞とした宗教曲。模倣を多用し、各声部が同じテーマを歌いながら順番に加わっていきます。
モテットでは、歌詞の各行が異なる旋律で歌われることが多く、それらが各部分のテーマ(主題)となり、対位法的に処理されます。それに準じたリチェルカーレでも、テーマは複数(かなり多く)使われていました。
しかし、このテーマの数は時代が経つに従って減っていきます。そして、テーマがひとつのリチェルカーレが作られるようになりました。
そうです。リチェルカーレはフーガの前段階。そのままフーガに発展していくのです(ちなみに、1700年以前の作品においてフーガと指定されたものはほとんど無く、他の用語で呼ばれているそうです[注1])。
「探求する」要素
リチェルカーレという用語が「探求する」とい動詞に由来するため、また器楽曲で歌詞を持たないという弱点を補うため、テーマの操作技術の「研究」が重視されたようです。
テーマの拡大、縮小、回転、ストレット(ある声部のテーマの提示が終わらないうちに、次の声部のテーマが入って重なること)の技法が、大規模かつ体系的に使われることになります。これらの技法は、フーガにそのまま引き継がれます。
カンツォーナ
声楽曲を元にした器楽曲には、リチェルカーレとファンタジア以外にカンツォーナがあります。フランス語の歌詞をもつ多声の世俗曲シャンソンの様式を使った器楽曲で、カンツォンとも(後の時代のカンツォーナとは異なります)です。
シャンソンはフランス語で「歌」、カンツォーナはイタリア語で「歌」という意味です。器楽への編曲やその演奏は、イタリアを中心に行われたからでしょう。
リチェルカーレが、次の時代にフーガになったように、カンツォーナはバロック時代において、ソナタに発展していきます。
ヴェネツィア楽派
リチェルカーレやファンタジア、カンツォーナなど器楽曲を発展させてバロック時代の音楽を先取りすることになったのが、ヴェネツィア楽派です。そのひとりアンドレア・ガブリエーリ(c.1532〜1585)による《第12旋法のリチェルカーレ》をお楽しみください。
注
- Walker, Paul. "Fugue" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 9: 318-332, 322-223.
- Johann Sebastian Bach (aged 61) in a portrait by Elias Gottlob Haussmann, second version of his 1746 canvas. https://youtu.be/Cihvujvb_pQ?si=ggNZy0bw8DxTspXf Andrea Gabrieli (1532/1533- 1585), Ricercar del duodecimo tuono, Ensemble Instrumental de Paris, Hollard Florian, Chef d'orchestre.
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