聖フィル第29回定期演奏会にいらしてくださった皆さま、どうもありがとうございました! 楽しんでいただけたことと思います。福間洸太朗さんのラフ3、圧巻でしたね。
そして驚いたことに、あの大曲を弾いた後のアンコールが、スメタナの《モルダウ》! オリジナルを彷彿とさせる繊細かつ大胆なピアノ独奏が、コンサートに爽やかで満ち足りた余韻を残してくれました。
福間さんの YouTube《モルダウ》には、
Smetana : The Moldau (transcription by Fukuma)
「スメタナ:モルダウ / 福間によるトランスクリプション」と書いてあります。定期演奏会後の聖フィル♥コラム恒例、アンコールシリーズ。今回は福間さんが弾いてくださった《モルダウ》の「トランスクリプション」について。
トランスクリプションとは何か?
筆写、書き換え、転写などの意味を持つトランスクリプションtranscription。分野によって異なる「写し」を意味しますが、音楽(西洋音楽)の場合は、以下のようなことをトランスクリプションと呼びます[注1]。
1.それまで楽譜化されていなかった曲や音を記譜すること
たとえば、ジャズの即興演奏や、民族音楽の演奏を楽譜にするなど。後者は採譜(さいふ)とも呼ばれます。
ベラ・バルトークがハンガリーの、あるいはラルフ・ヴォーン・ウィリアムズがイギリスの、口承による民族音楽を採集し、楽譜にした例は有名です。
2. 楽譜の表記法やレイアウトを変更しながら音楽作品を筆写すること
たとえばタブラチュア(奏法譜、タブ譜)を五線譜に書き変えたり、パート譜をスコアに書き換えたりすることです。通常、1800年以前(=古い時代)の音楽資料から作るので、単純な書き写しだけではなくある程度の編集作業が必要です。
私事で恐縮ですが、私はパート別に印刷された16世紀の無伴奏声楽作品を、スコアにトランスクリプションし、それを分析して博士論文を書きました。
3.独奏曲や合奏曲を、別の楽器や本来の目的以外の楽器用に書き直すこと
福間さんの《モルダウ》はこれ。オーケストラ曲をピアノ独奏にトランスクライブした例ですね。
フランツ・リストは、自作や多作をたくさんのトランスクリプションしました。彼によるベートーヴェンの交響曲のピアノ独奏版は有名です。
トランスクリプションと編曲の違い
3のようなトランスクリプションは「編曲」と呼ばれることも多く、「編曲」の一分野と言えます。しかし厳密には両者は異なります。
「編曲」では、編曲者が原曲の重要な部分を変更することもありますが、トランスクリプションは原曲に忠実な改作です。
もちろん、楽器(この場合はピアノ)の特性に合わせて変化させる必要はありますが、アレンジしにくい部分や演奏しづらい部分を省略するというようなことを避けるのが、基本です。
ちなみにリストは、自由に「編曲」した作品には「ファンタジー」や「パラフレーズ」の語を使い、トランスクリプションと区別していました。
福間さんのトランスクリプション
福間さんの《モルダウ》は、原曲のオーケストラ版を尊重しながらピアノならではの魅力を盛り込んだ、素晴らしいトランスクリプションでした。
スメタナへの深いリスペクトを感じさせる一方、最後に登場する「ヴィシェフラドの主題」部分(動画の9:37〜)では、華麗なヴィルトゥオージティも!
ラフ3の共演に加えて、思いがけないアンコールのプレゼント。幸せな時間でした。
注
- Ellingson, Ter. "Transcription" in The New Grove Dictionary of Music and Musicians, 2d ed., ed. S. Sadie and J. Tyrell (London: Macmillan, 2001), 25: 692-694, 692.
- Smetana, c.1878, Bain News Service, publisher. https://youtu.be/BM_51ss16KI?si=JQjUyMncSKZvZ Smetana : The Moldau (transcription by Fukuma), Kotaro Fukuma, October 31, 2021.
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